
彼女のふっくらした手の感じからすると、たぶん彼女は、5、6歳だったと思う。俯き加減のその横顔からは、すでに性格の外枠となるひたむきさが伺えた。盲目とさえ捉えられる、集中力だった。川辺のわずかな平地の草むらで、その小さなスコップで、一生懸命に地面を掘り返していた。
水辺に投影された私の姿は、私の背丈の二倍ほどある、大きな熊さんだった。熊さんは、その存在感は、とても大きく、私をすっぽり覆い隠してしまうほどだったけれども、なんとなくその存在感に反して、本能的な険しさは、全くなく、とても遠いところから、だまって、じっと周りで起きているすべての事情を観察していた。言葉を発する気配はなかった。そのまん丸な目は、ただ見つめており、なんの反応も示す気配はなかった。まるで、ただ機械的に、映像を取り込む三脚の上のカメラ状態だった。彼の目に偏りもなく、ただ吸収するのみだった。彼の目には、何かを吸収した後の知識の積み重ねさえ、見当たらなかった。
彼女は、この熊の存在を知っていたのだろうか?その空気の中に流れている、`安心感`みたいなものを感じていたのだろうか?熊さんに冗談をいう、親近感まで覚えていただろうか?
‘Time Capsule’ タイムカプセル アートセラピー ワークショップ
子供の頃の記憶などをたどりながら、自己表現や夢への摸索をしていくアートセラピーのワークショップ ’タイム カプセル’を開いています。ご興味のある方は、こちらのリンクよりメッセージして頂けると嬉しいです。