ナイーブさは、罪?

自己肯定感がなければ、自己肯定感について学ばないと、気が付いた時には、学ばなければいけないような状況になり、自分自身に問う。

「なぜここにいるのだろう?」

優しさや親切が裏目にでるって、本当の意味ではおかしい。

今の社会の状況だと、ペットとして飼われている猫や犬を捨てた場合、罰則を払うようになっている。それなのに、自分自身の子供については、まるでタブーであるかのように、ただただ状況を受け止めるような流れになっている。

幼少期からの経験で起きている自己否定感が、ナルシスト的なループに人をはまらせている?

人それぞれ異なった歩みがある。それでも、根っこのところに起きているパターンには似たような現象が起きている。

まるで歴史は繰り返されるように。まるで、勝ち負けのゲームであるかのように。

子供のころにいじめられた経験が尾を引いている? 繊細過ぎて、コントロールが強かった両親の前で、自分を主張することが苦手だったから?

そうした心理的な事象は結局、分析でしかない。

他の方々の人生を聞かせてもらいながら、いつも考えさせられる。

自分の弱さを見つめられた人は、強く美しい人間だなと、個人的には思う。

自分のエゴの領域を突き抜けた魂に成長できる要素があるから。

どんなに表面的には、脅しや見せかけで、勝ち負けのように考える人たちもいるけれど、それでも、人それぞれ比較する必要なんてないのだから。

弱い自分の時があってもいい。嵐は必ず静かになる時が来るから。

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‘The childhood association’ – 幼少時代との関係性





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