お金の循環

‘The vortex of irony’ – 皮肉の渦

ある日、近所のコンビニにから戻ってきた息子は、私に聞いた。

`ママ、なんで日本のホームレスはお金をもらってくれないの?`

`へ?`

`そこのコンビニの前でゴミ箱あさってたホームレスの男性がいたから、ぼく小銭を渡そうとしたんだけど、受け取ってくれなかったんだ。この前、O駅(地下鉄名)に行った時にあった、ホームレスも受け取らなかったんだよ。どうして?`

言われてみれば、ホームレスの方々の姿は、この数年よく見かけるようになったけれど、プラカードをぶら下げた人(お金ください、とか、カクカク然々で。。と書いてあるもの)は、私も見た事がない。ゴミ箱をあさってる人は、この郊外の住宅地でさえ見かける事がある。

`学校の先生には、ホームレスには近づくな。って言われたんだよ。`

お小遣いはあまり与えてないので、息子の小銭は、たぶん100円とか200円の世界。その小銭さえ受け取ってもらえない?どうしてるんだろう、ここのホームレスの方々は?

息子は、覚えていたみたいだった。海外に住んでいた頃、よく教会の前を通るたびに、年配の女性たちが、`娘がカクカク然々の病気で、診察代がほしい。`とか、`飲んだくれの旦那に年金取られたから、食費がほしい。`とか、いろんなプラカードをさげて、座っていた。

もちろん、その中には、ただのアル中の男性もいたけど。たぶん、小さかった息子の目線と、道端に座っている、こうした方々の目線があうんだと思う。会うたびに、私に小銭をせがみ、くばっていた。優しく声をかけてもらい、息子は素朴に上機嫌だった。当時の息子は、こうしたおばあちゃんやおじいちゃんが息子から小銭を受け取った後、息子のおでこに十字をきってもらえるのが大好きだったのだ。

`神様が喜んでいる`と言っていた。笑

決して治安のいい国ではなかったので、私もいつも外出するときは、小銭とカードしか持ち歩かなくなっていた。(実際に、ジプシーの子供たちに、不意をつかれリュックを盗まれそうになったこともある。)

そうすると、気がついたら、地下鉄代がなかったりしたことが何度かある。が、普通に、その辺りにいる人に、`小銭がないから地下鉄代がほしい。`と頼んだ。

普通に笑いながらくれた。また、時には、`地下鉄代ないんだけど。`と頼まれた事も、何度もある。100円くらいの世界。

お金の循環について、考えさせられた。

`Action and reaction are equal and opposite`

ある`行動`とそれに対する`反応`は、等しくあるものでもあり、又相反するものでもある。

最近読んでいる、H.P. Blavatsky の言葉。

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